思い出した日記

思い出したことを日記として書き記しています。

放送委員1

時期 小学校4〜6年生

場所 放送室

思い出したきっかけ ラジオ

 

我が家にはテレビがありません。

テレビはありませんが、ラジオはあります。

元々は防災用に購入したのですが、思いのほか面白い番組が多くて、何か耳にしていたい時にはラジオを聴くことにしています。

 

ある日ラジオを聴いていたところ、小学校の放送委員のことを思い出しました。

 

私の小学校では4年生以上は必ず何かしらの委員会に入ることになっていて、年度の初めにクラスの中で前期・後期の割り振りを決めていました。

その委員の1つが放送委員なのですが、私は4年生〜6年生の通算6期のうち、3期について放送委員をやっていました。

 

放送委員の仕事は、文字通り放送をすることです。

朝礼前、長い休憩の前後、給食の前後、帰りの時間や各種イベントの際に放送室から放送を流すのが仕事でした。

 

4年生の時、放送委員になった直後に驚いたのは自由度の高さでした。

 

放送室は職員室の隣にあり、扉1枚しか隔てていませんが、放送をする部屋という性質上、先生方と言えど放送室のドアを自由に開け閉めすることはできません。

そのドアには鍵が付いているのですが、放送室側からしか鍵がかけられないようになっていました。

学校という空間の中で、先生が簡単には立ち入ることができない部屋があるということに驚きました。

 

また、放送室の隣には準備室があるのですが、ここは放送室からしか入ることが出来ず完全に独立した空間でした。

 

そんな部屋があれば子供たちが何をするのかと言えば……。

そりゃ、遊びまくりますよね?

 

もちろん大声は出せませんが、ゲームやトランプを持ち込んだりやりたい放題でした。

給食中も放送があるため給食を食べながらトランプとか、先生に見られたら大目玉をくらうこと間違いなしです。

 

仄暗い部屋でコソコソと遊んだことは良い思い出です。

 

この記事を書いていたら放送委員について他にも思い出したことがあったので、この記事のタイトルに「1」をつけました。

そのうち「2」を書こうと思います。